昭和43年ごろの人生ゲーム|盤の上の山を越えておもちゃのお札を数えた
タカラが「人生ゲーム」を発売した1968年を起点に、昭和43年〜昭和52年(1968〜1977年ごろ)の、家族や友だちと盤を囲んで人生の道のりをたどった遊びを振り返ります。

60代の時間軸
タカラ(現タカラトミー)は1960年代後半、米国のゲームメーカーと提携した「タカラのアメリカンゲーム・シリーズ」として30種類以上のゲームを日本語訳して発売し、その一つとして1968年に「人生ゲーム」を発売しました。すごろく形式であることなどから大ヒットし、「人生、山あり谷あり」で始まるテレビCMも話題になりました。原型の米国版「THE GAME OF LIFE」(1960年)はルーレットや家・山などの立体物を採用しており、マス目は1983年の3代目以降に英語版の直訳から日本独自の内容へ変わりました。 この記事では「昭和43年〜昭和52年(1968〜1977年ごろ)」を、資料で確かめられる発売・開始の時期と、暮らしの中で人生ゲームに触れた時期が重なる目安として扱います。地域、家庭、学校、手に入れた時期によって体験は変わるため、同じ世代なら同じ思い出があるとは決めつけません。
当時の使い方を思い出してみます。箱から盤を広げ、立体の山や建物の部品を差し込んでから遊びが始まりました。銀行係を一人決め、色ごとに分けたおもちゃのお札を配り、止まったマスの指示を読み上げては、給料をもらったり支払ったりしました。訳されたマス目の言い回しが少し不思議で、何度も読み返したという記憶を持つ人もいます。
人生ゲームがあった場所は一つではありません。正月の親戚の集まり、雨の日の友だちの家の座卓、子ども会のお楽しみ会、押し入れの上の段にしまわれた箱の中にありました。 都市か地方か、家や学校の決まり、近くの店の品ぞろえによって、記憶の背景は人それぞれです。
音や手ざわりの記憶として残りやすいのは、箱のふたを開けたときの厚紙のにおい、差し込んだ山の部品がぐらつく手ごたえ、薄いお札を指でめくる音、車のコマに小さなピンを差すときの硬さです。年表には残らない感覚をたどると、そのとき近くにいた人の顔まで思い出せることがあります。
いまは画面の中で人生をたどるゲームもありますが、盤を囲んで誰かが読み上げるマスの指示に一喜一憂し、終わるとお札を色ごとに数え直した時間は、その場にいた人たちだけのものでした。 今と比べるのは、便利になった暮らしを否定するためではなく、当時の手間の中にあった工夫や会話を見つけ直すためです。
人生ゲームを思い出す三つの手がかり
- まず、60代の人生ゲームにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問い人生ゲームで銀行係をしたのは誰だったか、いちばん印象に残っているマスの指示を覚えていますか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- タカラトミー 人生ゲームの歴史:1968年 アメリカンゲーム・シリーズのひとつとして日本へ導入
- タカラトミー 人生ゲームの歴史:1960年 創業100周年記念に開発された「THE GAME OF LIFE」
- タカラトミー 人生ゲームの歴史:1983年
- NTT東日本 BizDrive「100年以上も売れ続ける『人生ゲーム』の面白さ」
- 編集確認日:2026-10-17。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。