あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 学校・青春

昭和38年ごろのサインペン|はがきの裏に写らない黒い線

ぺんてるの前身の大日本文具がサインペンを発売した1963年を起点に、昭和38年〜昭和47年(1963〜1972年ごろ)の、紙に裏写りしにくい水性ペンで字を書いた記憶を振り返ります。

昭和38年ごろの雰囲気の木の机の上に置かれた、黒い軸と後ろのベージュの尾栓が目立つ細いフェルトペンと無地のはがき
昭和38年ごろの雰囲気の木の机の上に置かれた、黒い軸と後ろのベージュの尾栓が目立つ細いフェルトペンと無地のはがき(イメージ)

60代の時間軸

ぺんてる(当時は大日本文具)は1963年(昭和38年)、「筆のように書けて裏写りしない水性サインペンの元祖」としてサインペンを発売しました。同社は世界初の中綿式水性ペンとしており、毛細管現象を利用した構造です。当時の油性ペンは、はがきに書くとにじんだり裏写りしたりしたことが開発のきっかけで、研究に8年をかけたとされます。発売当初の軸はベージュで、のちに黒に変わり、余ったベージュの樹脂が後ろの尾栓に使われるようになりました。 この記事では「昭和38年〜昭和47年(1963〜1972年ごろ)」を、資料で確かめられる発売・開始の時期と、暮らしの中でサインペンに触れた時期が重なる目安として扱います。地域、家庭、学校、手に入れた時期によって体験は変わるため、同じ世代なら同じ思い出があるとは決めつけません。

当時の使い方を思い出してみます。キャップを外すと、細い繊維のペン先から黒い線がすっと出ました。年賀状の宛名を書いたあと裏返しても線が写っていないことに驚いたという人もいます。寄せ書きの色紙や、学級の掲示物の見出し、持ち物の名前書きにも使われました。

サインペンがあった場所は一つではありません。職員室の先生の机のペン立て、文房具店のガラスケース、学級委員が預かる掲示係の箱、年末の茶の間の年賀状の山のそばにありました。 都市か地方か、家や学校の決まり、近くの店の品ぞろえによって、記憶の背景は人それぞれです。

音や手ざわりの記憶として残りやすいのは、長いキャップを抜くときの小さな抵抗、繊維のペン先が紙をなでるやわらかさ、水性インキのかすかなにおい、尾栓のベージュと黒い軸の色の取り合わせです。年表には残らない感覚をたどると、そのとき近くにいた人の顔まで思い出せることがあります。

いまはさまざまな水性ペンが選べますが、裏に写らないことに驚きながら、はがきの両面に字を書き分けたところから始まった道具でした。 今と比べるのは、便利になった暮らしを否定するためではなく、当時の手間の中にあった工夫や会話を見つけ直すためです。

サインペンを思い出す三つの手がかり

  1. まず、60代のサインペンにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いサインペンで初めて書いたものは何だったか、キャップのお尻の色を覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。