あアノコロ記憶のタイムマシン
70代 学校・青春

昭和31年ごろの肝油ドロップ|先生の缶から一粒ずつ

河合製薬が学校向けの季刊誌の無料配布を始めた1956年を起点に、昭和31年〜昭和40年(1956〜1965年ごろ)の、学校で肝油ドロップを受け取った記憶を振り返ります。

昭和31年ごろの雰囲気の教室の木の教卓に置かれた、ふたの開いた丸い缶と、紙の上に並ぶ数粒の丸いゼリー状のドロップ
昭和31年ごろの雰囲気の教室の木の教卓に置かれた、ふたの開いた丸い缶と、紙の上に並ぶ数粒の丸いゼリー状のドロップ(イメージ)

70代の時間軸

河合製薬によると、肝油ドロップは1911年(明治44年)に薬学博士の河合亀太郎が創製したゼリー状の固形肝油で、1932年(昭和7年)には学童の健康教育を目的に学校用肝油ドロップの製造販売を始めました。戦争で工場を失ったのち、1946年に「カワイ肝油ドロップ」として販売を再開し、全国の学校への普及を進め、1956年には季刊誌『健康教育』を創刊して教育機関への無料配布を始めました。現在の製品は、ビタミンAとDを含む、かんで服用するゼリー状のドロップです。 この記事では「昭和31年〜昭和40年(1956〜1965年ごろ)」を、資料で確かめられる発売・開始の時期と、暮らしの中で肝油ドロップに触れた時期が重なる目安として扱います。地域、家庭、学校、手に入れた時期によって体験は変わるため、同じ世代なら同じ思い出があるとは決めつけません。

当時の使い方を思い出してみます。先生や係の子が缶を持って回り、手のひらや紙の上に決まった数を置いていきました。ゼリーのようなやわらかさと甘さで、もう一粒ほしくなったという人もいます。申し込みをした子だけが受け取る学校もあれば、家で缶から一粒ずつもらっていた家もあり、時期や地域によって違いました。

肝油ドロップがあった場所は一つではありません。朝の教室の教卓、保健室の棚、給食前のひととき、家の茶箪笥の引き出しにありました。 都市か地方か、家や学校の決まり、近くの店の品ぞろえによって、記憶の背景は人それぞれです。

音や手ざわりの記憶として残りやすいのは、缶のふたを開けたときの甘い香り、表面のざらりとした手ざわり、かむとぷにっと沈む弾力、飲み込んだあとに残るかすかな独特の後味です。年表には残らない感覚をたどると、そのとき近くにいた人の顔まで思い出せることがあります。

いまは栄養を補う食品や薬を自分で選んで買えますが、学校で配られる一粒を待ち、その甘さを楽しみにしていた時間がありました。 今と比べるのは、便利になった暮らしを否定するためではなく、当時の手間の中にあった工夫や会話を見つけ直すためです。

肝油ドロップを思い出す三つの手がかり

  1. まず、70代の肝油ドロップにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問い肝油ドロップを受け取ったのは学校でしたか、家でしたか、一度に何粒もらっていたか覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。