あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 テレビ・映画

昭和60年ごろのジャンボトロン|万博の空にそびえた画面

ソニーが超大型表示装置ジャンボトロンをつくば博に出展した1985年を起点に、昭和60年〜昭和61年(1985〜1986年ごろ)の、屋外で見上げるほど大きな映像に出会った記憶を振り返ります。

昭和60年ごろの博覧会会場で、青空の下にそびえる赤・青・緑の光の粒でできた巨大な屋外映像装置
昭和60年ごろの博覧会会場で、青空の下にそびえる赤・青・緑の光の粒でできた巨大な屋外映像装置(イメージ)

50代の時間軸

国立科学博物館の技術の系統化調査報告によると、1985年のつくば博でソニーは、赤・青・緑の3色の発光部を含む独自の発光素子トリニライトを開発し、それを並べた画面サイズ40m×25mの超大型表示装置ジャンボトロンを出展しました。同報告では、この年のつくば博で各社が大型映像表示装置を展示したこと、ジャンボトロンの発光素子の製造は双葉電子工業が担ったことも記されています。 この記事では「昭和60年〜昭和61年(1985〜1986年ごろ)」を、資料で確かめられる発売・開始の時期と、暮らしの中でつくば万博のジャンボトロンに触れた時期が重なる目安として扱います。地域、家庭、学校、手に入れた時期によって体験は変わるため、同じ世代なら同じ思い出があるとは決めつけません。

当時の使い方を思い出してみます。会場を歩き疲れたときに画面の前で足を止め、遠くからでも見える映像を見上げました。帰ってから、家のテレビの画面が急に小さく感じられたという人もいます。

つくば万博のジャンボトロンがあった場所は一つではありません。パビリオンの行列の合間、会場の広場、家族で行った日帰りの遠出、遠足や修学旅行で立ち寄った会場、帰りのバスの窓から見えた景色の中にありました。 都市か地方か、家や学校の決まり、近くの店の品ぞろえによって、記憶の背景は人それぞれです。

音や手ざわりの記憶として残りやすいのは、建物のように大きな画面の圧迫感、近づくと粒に見える赤・青・緑の光、屋外に響くスピーカーの音、夏の日差しの下でも明るい映像です。年表には残らない感覚をたどると、そのとき近くにいた人の顔まで思い出せることがあります。

いまは街頭の大型ビジョンや駅の映像広告がめずらしくありませんが、横40mの画面を見上げた体験は、映像が部屋の外へ大きく広がり始めた頃の驚きでした。 今と比べるのは、便利になった暮らしを否定するためではなく、当時の手間の中にあった工夫や会話を見つけ直すためです。

つくば万博のジャンボトロンを思い出す三つの手がかり

  1. まず、50代のつくば万博のジャンボトロンにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いつくば博で見上げた大きな画面に、何が映っていたか覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。