昭和40年ごろの家具調テレビ|木の格子の上に光った画面
松下電器産業が家具調テレビ「嵯峨」を発売した1965年を起点に、昭和40年〜昭和49年(1965〜1974年ごろ)の、テレビが木の家具のような姿で座敷に収まった記憶を振り返ります。

70代の時間軸
松下電器産業(現パナソニック)は1965年後半から、家具調ステレオ「飛鳥」「宴」などとともに、家具調テレビ「嵯峨」(TC-96G)を発売しました。香港のM+博物館が所蔵する同機の解説によると、これは白黒テレビで、電子部品を長方形の木のキャビネットに収め、画面と操作部を横向きの木の格子の上に配置しています。設計にあたっては日本の家庭でのテレビの使われ方が調べられ、伝統的な箪笥などの家具が参考にされました。パナソニックの記事では、無垢材を使い居間にも和室にも収まるデザインとして長く売れたと紹介されています。 この記事では「昭和40年〜昭和49年(1965〜1974年ごろ)」を、資料で確かめられる発売・開始の時期と、暮らしの中で家具調テレビに触れた時期が重なる目安として扱います。地域、家庭、学校、手に入れた時期によって体験は変わるため、同じ世代なら同じ思い出があるとは決めつけません。
当時の使い方を思い出してみます。画面の下の木の格子の奥から音が聞こえ、つまみは木の面に並んでいました。テレビを消すと、部屋の中では箪笥や茶棚と並ぶ一つの家具のように見えたという人もいます。乾いた布で木の天板や格子のほこりをぬぐうのが、子どもの手伝いになっていた家もありました。
家具調テレビがあった場所は一つではありません。床の間の脇、座敷の壁ぎわ、新しく建てた家の洋間、親戚が集まる客間の正面に置かれていました。 都市か地方か、家や学校の決まり、近くの店の品ぞろえによって、記憶の背景は人それぞれです。
音や手ざわりの記憶として残りやすいのは、木の天板のなめらかな手ざわり、格子のすき間から伝わるスピーカーのふるえ、つまみを回すかちりとした感触、電源を切ったあと画面の中央に残る小さな光の点です。年表には残らない感覚をたどると、そのとき近くにいた人の顔まで思い出せることがあります。
いまのテレビは壁ぎわで目立たない黒い板になりましたが、木の家具として部屋の一角を占め、消している時間もその家の調度品だった時期がありました。 今と比べるのは、便利になった暮らしを否定するためではなく、当時の手間の中にあった工夫や会話を見つけ直すためです。
家具調テレビを思い出す三つの手がかり
- まず、70代の家具調テレビにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問い家具調テレビは部屋のどこに置かれていたか、木の格子のあたりにどんな思い出がありますか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- パナソニック ホールディングス「パナソニックの歴史 1966年(昭和41年)」(Wayback Machine保存版)
- M+ Museum「National SAGA television, model TC-96G (1965)」
- パナソニック ソウゾウノート「時代の熱気を映す、プロダクトデザインの変遷。」
- 編集確認日:2026-10-17。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。